違和感・全同教1日目

昨日、あまりにも遅かったので、さすがに今日はしんどいです。なので、ついつい寝坊。一緒に全体会場に行くはずだった人とは別行動になってしまいました。でも、このあたりは安心です。なぜなら、同じ宿舎に三重のお友だちのTにさんがおられるからです。てことで、連絡を取り合って、一緒にタクシーで行くことにしました。
とりあえず「三重の書籍販売のところに来い」とHやしさん@三重県同教から言われていたので、全体会場に入って、すぐに本売り場へ。と、「中に入って」「座って」「これ着て」ということで、なぜか三重県同教にレンタル移籍してしまいました(笑)。

午後からは分科会。今回はGIDの子どもへのとりくみがあるので、そこの分科会に参加することにしました。
まずは1本目のレポート。吃音の子どもへのとりくみです。
とてもていねいなとりくみで「すごいなー」と思うのですが、どこかひっかかります。なんだろう。やがて、質疑応答の時間。と、ある教員の方が「わたしも吃音です。でも、わからないでしょ?方法があるんです」と語りはじめました。ほう。なるほど。吃音の人も「パス」できるんだと思ったのですが、これまた違和感。吃音が吃音として生きることはあかんのか?ということです。で、ついそんな発言をしてしまったりして。
で、2本目のレポートは、本命のGIDの子どもへのとりくみです。が、これまたなんとも言えない違和感です。たしかに医療機関につなぐんじゃなくて、当事者団体につないだりしているし、いいのはいいんですが…。なんか、子どもの姿が見えてこない。あと、話を聞けば聞くほど「この子、ほんとにGIDか?」という思いがこみ上げてきます。さらに、最後に「カミングアウトの必要のない学校が目標」みたいなことを話されたので、ここには反応してしまいました。で、これまた発言。
「カミングアウトは、当事者にとっては社会を変える武器です。だから、当事者からカミングアウトを奪わないでください」
たぶん、この教員の方、かなり能力が高そうです。が、それが災いしているのかな。子どもが主体的に動くというよりも、子どもを引っ張り回している感じがします。で、それを裏打ちしているのが、子どもと出会った時にはじめた「知識の獲得」です。でも、なんかポイントがずれているんですよね。なんとももやもや感を抱えたまま、分科会終了。
でも、そんなことを共有できるMら越さん@高知とか、Aらいさん@新潟なんかと偶然で会えたのはよかったなぁ。